軽井沢で製作・販売され、桜やぶどうの彫刻が施された
オーダーメイドの家具や小物を「軽井沢彫り」と言います。
軽井沢彫家具は長野県の伝統工芸品に指定されています。
軽井沢で製作・販売され、桜やぶどうの彫刻が施された
オーダーメイドの家具や小物を「軽井沢彫り」と言います。
軽井沢彫家具は長野県の伝統工芸品に指定されています。
明治19年(1886年)カナダ生まれの英国聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーが
軽井沢に訪れ、美しく澄み切った清らかな自然と気候を大いに気に入り軽井沢を
「屋根のない病院」と呼びました。家族、友人たちに軽井沢のすばらしさを推奨し、
明治21年(1888年)に旧軽井沢の大塚山に別荘を建て、内外の知名人に保養と勉学地として
紹介したため友人の宣教師や外交官が別荘を建てるようになりました。
これが軽井沢避暑地としての始まりです。
アレキサンダー・クロフト・ショーが別荘を建ててから4年後の明治25年(1892年)に
大坂屋家具店の初代川崎巳次郎が外国人宣教師や外交官の要望に応え、外国人向けの彫刻を
施した家具の製作を始めました。その外国人の別荘用として使われた、草花の華麗な彫刻を
施した洋式家具を「軽井沢彫り」と呼んでいます。外国人別荘の生活道具として出発し、
椅子やテーブルの西洋家具が中心に作られた軽井沢彫りは昭和58年(1983年)に
長野県の伝統工芸に指定され、現代では家具だけではなく小物も愛用され、
最近ではオーダー家具や仏壇に人気が集まっています。
軽井沢彫りの特徴である彫刻のモチーフは桜やぶどうが中心です。初期の頃は、松・竹・梅や
牡丹、菊、向日葵など日光彫の影響を受けたものでした。外国人の要望を取り入れて
日本を象徴する『桜』やキリスト教の象徴である『葡萄』のモチーフが多くなった
歴史的な背景があります。
現代では桜が軽井沢彫りのイメージに定着していますが、明治の頃は異国情緒を求める
外国人の心情に応えたものが現代では桜の華やかさに惹かれる日本人の心情を表す、
そういった変化が見てとれます。
軽井沢彫りのもう一つの特徴は分解したり組立てができる構造になっています。
接合部で「蟻接ぎ」と呼ばれる組手の技法を取り入れています。一般的には「ほぞ組」と
呼ばれる接合の仕方で接着剤で固めているものが多いですが軽井沢彫りでは蟻接ぎのため、
修理やリメイクがやりやすいメリットがあります。
軽井沢彫り家具は一般の家具と異なり、仮組みした後、彫刻を施すために分解し板材にします。
また顧客であった外国人が祖国に帰る際、ノックダウンで板状にコンパクトに持って帰る
メリットもありました。現在の軽井沢彫りでは、ほぞ組やビスで固定する作りも
増えていますが、大坂屋家具店では昔ながらの作りを取り入れつつも
現代に求められる品質と強度を確保した作りを行なっています。
背もたれの穴の形状がハートだったため、ハート椅子と呼ばれています。背板や座面に豪華な桜やぶどうなど彫刻が施されているのが特徴です。背面のくさびを抜けば、背板と座面が板状になり、脚も蟻組で分解できる構造になっています。
明治時代、日本人がテーブルという概念が無いころから製作しているネストテーブル。大中小のサイズがあり、普段使わないときは1つのテーブル下に納まる便利なテーブル。西洋の雰囲気を味わえる家具の一つです。
さりげない桜の彫刻が大切なお写真を引き立てます。大坂屋家具店の写真立ては「こだわりの写真立て」といわれるほど作りにこだわり、永く愛用頂ける逸品です。ご贈答や引き出物にも多く使用されお土産にも丁度いいお品物です。
現在、人気No1商品の軽井沢彫りのお仏壇です。桜やぶどうのモチーフが施された手彫りの仏壇は心がこもりやすく、毎日家具を使うように愛着をもって故人を偲ぶことができるとお客様に喜ばれています。