軽井沢彫の歴史

避暑地軽井沢の幕開け

軽井沢は浅間三宿の一つで、中山道の宿場町として栄えましたが、明治に入り衰退していました。
そんな中、明治21年(1888)、軽井沢の冷涼な気候と美しい自然を好み、英国公使館付宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーが初めて別荘を建て、続いて多くの外国外交官・宣教師が別荘を持つようになりました。

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大正2年頃の旧軽井沢
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軽井沢には現在15,000戸ほどの別荘があります
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たびたび噴煙をあげる活火山・浅間山
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「浅間の焼け石」「追分キャベツ」などと呼ばれる火山弾を石垣へ

軽井沢彫 大坂屋家具店の始まり

外国人別荘が飛躍的に増加した明治41年(1908)、日光彫りの職人であった川崎巳次郎は、軽井沢で彫刻家具製造・販売を始めました。2代目で大坂屋の屋号を入れ、現在に至ります。
当時の日本にはイス・テーブルなどの家具がなく、こうした需要に応えて職人が腕をふるいました。また、遊び心ある別荘用インテリアとして、機能だけにとどまらない豊かな装飾表現が可能であったことも軽井沢彫家具の魅力のひとつとなっています。

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大正2年頃の旧軽井沢銀座通り商店街
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大坂屋家具店へ改称前「KAWASAKI TABLES」の看板
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現在から2代前の店舗の前で 2代目と後の3代目店主
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2代目店主と彫り師・小林喜久雄 出征時

今日へ

明治・大正期の製造と伝えられる軽井沢彫家具が、別荘で何代にも渡って大切に使い続けられている例は少なくありません。時代の流れと共に、別荘用の家具と してだけではなく、日常の生活でもお使いいただけるよう、デザイン・仕様・彫刻装飾・色彩などに工夫を重ねてまいりました。
現在4代目土屋強平の「伝統を守りながら、新しい技を生み出す努力を決して怠らない」という考えのもと、2009年に迎えた創業百年を新しい第一歩として、次の100年を歩み始めました。

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現在の大坂屋家具店 本店の外観
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平成20年完成の新工場 浅間山の懐に抱かれて
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旧工場は当店所蔵のアンティークギャラリーへ
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大坂屋の仲間たち 新工場完成の地鎮祭にて

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